せんせい 小学生編

今「ガッコの先生」というドラマを見ています。全然再放送だけど。本放送(この表現で合ってるのか?)の時には全く見てなかったから、全体としてはどんな話なのかわかんないのけど、なかなか面白いかもしれない。見ときゃよかった。そんな時間なかったかもしれないけど。それにしても、担任が堂本剛だったらどんな学校生活なったんだろう。見当もつかないかも。
というわけで、歴代担任の先生を考察
小学校1・2年 M先生 女 当時30代半ば
もう十数年前なのであんまり覚えてないですねぇ。なんかこうお母さんみたいな感じで、柔らかい感じがしたような気がします。たしか。これといった思い出も無いかもしれない・・・。
小学校3・4年 G先生 男 当時50代前半
当時クラスでは「エコヒイキ(漢字で書くと依怙贔屓)」っていう言葉が大流行するほどエコヒイキが盛んでした。特に女の子に対して。でも、周りのみんながそういってただけであって、僕自身はそんなにひどく感じたことは無かったですね。あと、革新的なこととして目安箱の設置がありました。何かあると、その目安箱に投稿してみんなでも問題を解決するっていう形でした。あれはなかなか面白かった。まあその投稿される内容が小学生だけあって馬鹿な内容で、あんまり機能してませんでしたけど。あと宮沢リエの写真集の話をよくしてました。
小学校5・6年 O先生 男 50代半ば小学校最強の先生。4年生から5年生になるときに絶対この人の担任だけは避けたいと思ったほど最強の先生。年齢的にこのクラスを出せば定年退職って事で相当気合いが入ってました。数ある事件簿の中から数点をPickUp
1-あり得ない体力自慢
 まじであり得ませんでした。普通に大人にもかかわらず、毎日自転車で登校(教員にもこの表現が的確かわかりませんが)とかほんと変(冬はどうだったか記憶にないなぁ)。で、札幌まで自転車で10時間で行っちゃったり、体育の時間で腕立て伏せの見本で、小学生といえども40kgはあろうかと言う人間を背負って腕立て伏せしたり、もう定年間近の人間とは思えないほどの体力でした。
2-でもちょっぴり良い先生
 やけに写真が好きで、行事の旅に写真を撮りまくっていました。始業式、遠足、写生会、終業式、プール開き・・・枚挙にいとまないほどほんと集合写真ばっかり撮ってました。あと手先が器用で手作りの置物をみんなに作ったり、ちょっぴり感動。
3-意地っ張り 
自分の主張を曲げないと言うか、頑固な人でした。うち解けて尊敬を仰がれるタイプではなく、絶対的な権力を持ってクラスを支配するタイプでした。今思えば、もっとうち解けてやってれば平和なクラスになったような気もしますが・・・。そしてやけに体育の授業をつぶします。自分の説教のせいで授業時間が押してるのにそのしわ寄せは必ず体育。悲しかったですねー。
4-うちの親が迷惑かけました 
まあそんな先生だったわけでみんな本人には何も言えないにもかかわらず、自分の家に帰るともうすごい愚痴の連続。小学生得意の誇大表現(よくあるよねー)も手伝って、クラスのPTA(PTAを正式に言うと何だろう)は大騒ぎ。もううちの親なんか校長に「担任変えろ」って直訴に言ったくらいです。で、校長に事情聴取されたO先生はもうカンカン。超機嫌悪くて八つ当たりされまくり。結局担任はかわんないし。
5-そして伝説へ・・ 
数ある伝説の中でも最も偉大な伝説が生まれたのは体育で(体育に関することが多いなぁ)マラソンをしていたときのこと。とても肥えていたクラスメイトのMくんはとっても体育が苦手。まあ、そんな先生だったわけで、当然Mくんへの特別措置があるわけでもなく、みんなと一緒に走らせられるわけです。しかしみんなに着いていけないMくんは自分が喘息であるので走れないと主張。しかしそれを認めないO先生。先生は歩いてでも回れと指示。渋々従うMくんですが・・・グランドの向こうへ行ったとたん猛ダッシュ!お前喘息じゃないのかよと誰もがつっこむ間もなくMくんは自分の家の方向へとひた走る。呆然とする一同はとりあえず教室に戻ることを指示され、O先生はMくんを追って猛ダッシュ。あの光景はあり得なかった。その後Mくんは家でも居留守を使いO先生の追撃からは免れたが、先生がイヤで登校拒否・・・。

そのうち中学校編があるかもしれない・・・

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